「違う! 朱莉は……そんな女じゃない! あいつは……あの男は……!」そこまで言いかけた時、背後から突然声をかけられた。「安西航さんですよね?」「……」黙って振り向くとそこに立っていたのは姫宮だった。「あんた……やっぱり俺のこと知ってるんだな? 誰の入れ知恵だ? 京極か?」「……」しかし姫宮は答えない。「フン……黙っているってのは肯定ってことだよな……。俺に何の用だよ」「それはご自身が良く分かっていると思いますが?」そして姫宮は航の後ろに立っていた美幸に声をかけた。「申し訳ございません、少々安西さんをお借りしてもよろしいですか?」「は、はい……」美幸は返事をすると俯いた。「彼女の許可も頂きましたし……少し場所を変えましょう」姫宮の言葉に航は反論した。「別に彼女じゃない。只の知り合いだ」その言葉に美幸は傷付いた様に肩をビクリと震わせた。姫宮は美幸をチラリと見るとニコリと微笑んだ。「お話は長くはかかりません。5分程で戻って参りますね」そして再び航を振り向く。「私についてきて下さい」**** 人通りのない広場の隅に姫宮は航を連れて来ると立ち止まり、振り向いた。「貴方は何を考えているのですか? 朱莉様を困らせたいのですか?」「な……何でお前にそんなこと言われなくちゃならないんだ? 俺が朱莉を困らせたいだって? そんなのあるはず無いだろう!」「ですが貴方の取った行動はどう見ても朱莉様を困らせる様にしか思えません。よろしいですか? ここを何処だと思っているのです? 鳴海グループ総合商社の本社ビルですよ? 点灯式を目的に大勢の人達も集まっている中……仮にも副社長の妻である赤ちゃん連れの朱莉様を人目も気にせず抱きしめて、副社長がその場にいるとは思わなかったのですか?」「俺は認めちゃいない! あんな偽善の結婚……!」「それでも世間が何と言おうと、今朱莉様は正式な鳴海翔の妻なのですよ」「……」航は何も答えることが出来なかった。「……これから恐らく朱莉様は副社長に貴方との関係を追及されるでしょう。お気の毒に……。先程貴方の取った行動は朱莉様を窮地に追い込むだけだと言うのが分からないのですか?」「そ、それは……」「貴方が話の場に出てくれば……ますます朱莉様は立場が苦しくなります。貴方が朱莉様を好きなことはあの場で明るみになって
朱莉は主催関係者席のブースの一番後ろの目立たない席に蓮を抱いて座っていた。なるべく目立たないように縮こまるようにしているが、どうにも周囲から視線が集まっているような錯覚を覚えて、居心地が悪くてたまらない。正直に言えば今すぐにでも蓮を連れて帰りたい位だった。先程再会した航と翔のやり取りが頭から離れない。あれ程恐ろしい剣幕の航や翔の姿を目にしたことは初めてだった。(航君と九条さんが初めて会った時も険悪な雰囲気があったけど、今日ほどじゃ無かったのに……。それにしても何故航君はここにいたの? それにどうしてあんなことしたの? どうしよう……絶対に後で翔先輩に追及されてしまう……)朱莉は深いため息をついた。とてもではないが点灯式を楽しめる雰囲気になれそうには無かった。うつむいて席に座っている時に突如拍手が沸き起こる。何事かと顔をあげてみると、簡易ステージの上に翔が立っていた。(翔先輩……! ひょっとして挨拶するのかな……?)すると翔はマイクを手に取ると挨拶を始めた。何度も練習したのだろうか。とても聞き取りやすい声で説明をする翔の姿。その様子を見つめる若い女性客たちが大勢いることに朱莉は気が付いた。(何だか不思議な感じ……私もこの契約婚を始めたばかりの頃は翔先輩のことをあんな目で見ていたのに……でも、もう……)それなのに今の朱莉は翔のことをいつの間にか全く意識しなくなっていた自分に改めて気が付いた。翔に見つめられようが、抱き締められようが、戸惑いはあったものの…以前のように胸が高鳴ると言うことは無くなっていたのだ。(ひょっとするとレンちゃんがいるからかな? もしかしたら今の私は翔先輩を1人の男性としてではなく、レンちゃんのパパと言う目でしか見ることが出来なくなったのかもね……)朱莉は自分の胸の中でスヤスヤと眠る蓮を愛おしそうに抱きしめながら翔の話を聞いていた――**** スピーチが始まるその少し前のこと―なすすべもなく朱莉が翔に連れ去られて行く姿をただ見ているだけしか出来なかった翔は悔しそうに唇を噛み締めた。その時、背後から声をかけられた。「あ……あの……安西さん……」名前を呼ばれて振り向くとダウンコートを着た航とほぼ同年代とみられる女性が青ざめた顔で立っていた。「誰だ……?」航が尋ねると女性は目を見開く。「え……? 私ですよ? 本日
そして待ち合わせ時間の10分前――早々と航は会場に姿を現していた。待ち合わせの相手はまだ来ていない……と言うか、はっきり言えば航は顔も覚えていない。(まあ向こうから誘って来たって事は当然俺のこと知ってるんだろうからな……。それより鳴海翔はどこだ? まだ来ていないのか……?)目に自信がある航はキョロキョロ辺りを見渡し……ピタリと視線を止めた。(え……? そ、そんな……う、嘘だろう……?)ビルの前の噴水前で、航は見た。あの日、自分から一方的に別れを告げた愛しい女性……ずっと忘れられずにいた朱莉がいたのだ。ベレー帽をかぶり、ロングコート姿にベビーカーを押している。遠目からでも分かる、群を抜いたその美しい姿……。(あ……朱莉……)航の胸に熱いものが込み上げてきた。「朱莉!!」気付けば大声で名前を呼んでいた。驚いて振り向く朱莉の姿は本当に綺麗だった。息せき切って、航は朱莉の前に駆け寄った。「え……? まさか……航君なの……?」目を見開いて自分を見つめる朱莉を見て、航の理性は飛んでしまった。「あ……朱莉……。会いたかった……!」ここは鳴海グループの本社。大勢の人がいるのは十分承知していた。それにも拘らず、朱莉の肩を掴んで引き寄せると航は力強く朱莉を抱きしめていた。 感極まって抱きしめている航とは対照的に朱莉は焦っていた。航が現れたことも驚きだったが、大勢の前で抱きしめられるのはさすがにマズい。何とか話して貰おうと、朱莉は声をかけた。「あ……あのね……わ、航君……!」しかし、航は涙声で言った。「た……頼む……朱莉……もう少しだけ……こ、このままで……」「航君……? ひょっとして泣いているの……? ど、どうして? だけど……!)――その時。「おい……何をしているんだ?」航の背後で恐ろしい声が聞こえてきた。ハッとなって航が朱莉から離れると現れたのは翔だった。翔は朱莉を引き寄せ、腕に囲い込むと航を睨みつけてきた。「君は一体誰なんだ? 俺の妻に何をしている?」「しょ、翔さん!?」朱莉は初めて翔から妻と呼ばれた。しかも翔の様子がおかしい。今迄見たことも無い位、怒りに満ちた形相をしている。「鳴海……翔……!」(この男が……朱莉を苦しめる全ての元凶だ……!)航も翔を睨み付けた。「何? お前、俺のことを知っているのか?」翔はます
それは、本日の昼間の出来事だった……。——12時半対象者を見張りつつ、航はコンビニで買って来たお茶とおにぎりを頬張っていた。「ふう〜……しかし、寒いな……。それに天気もいまいちだ。この寒さならひょっとして今日はホワイト・クリスマスになるかもな……」航はおにぎりを食べ終わると、手をこすり合わせて息を吹きかけた。対象者がホテルから出てきたところを望遠レンズカメラで撮影して証拠を押さえる。それが今日航に課せられた仕事だ。「う〜っ! マジで寒い! 明日からカイロを持ってくるか……」その時、不意に航のスマホが鳴った。「チッ! 誰だよ……」舌打ちしながら航は着信を見た。「前田美幸……? 誰だったかな……」いっそ電話を切ってやろうかと思ったが、再びかかってこられてはたまらない。やむを得ず航は電話に出ることにした。「もしもし……」『あ、あの安西航さんですか!?』受話器越しから妙にキンキン越えの女の声が聞こえてきた。「はい、そうですけど?」(何だ? この女……)『私の事覚えていますか?』「いいえ。悪いけどちっとも覚えていません」『そうですか……』受話器の向こうからは落胆した声が聞こえてくるが、航にはどうしようもない。(仕方ないだろう? 覚えていないんだから)『あの……半月ほど前、合コンしましたよね?』(合コン? 合コン……ああ、あの時のか)あの日の夜――**** 部屋で1人大して面白くもないバラエティ番組を見ていたら突然友人から飲み会の誘いがあって、行ってみると何とそこは合コンの場面だったのだ。騙されたと思ったが、来て早々に帰るのも失礼だと思い、取り合えず航はお酒を飲むのに没頭することにした。相手の女性達は4名。そしてこちらも4名。航はビールを飲みながら、友人達を見ると全員がだらしないほど顔を緩めて女性達に話しかけている。(全く……合コンなんてくだらない)航の目には今目の前にいる女性達は、はっきり言って全く好みでは無かった。全員食べ物の匂いが分からなくなりそうなほどきつい香水をつけている。無駄に厚化粧で、妙に男を意識した様な服装……何から何まで航の許容範囲を超えていた。(朱莉……やっぱり俺はお前じゃなきゃ駄目だ……)朱莉のことは諦めなければいけないのに、未だ未練たらしく1人の女性を思い続けている自分が情けないと航自身
美幸の問いに、京極は笑顔になる。「うん、分かるよ。この写真を見れば。それに僕の学生時代の専攻は心理学だったんだよ。その人の眼つきや行動を分析するのは得意なんだ。僕のみるところ、彼はこの合コンに渋々やって来た……そんな感じがするね。恐らく頭数合わせか……強引に連れて来られたか……」「すごい! 何故分かるのですか!? まるで占い師みたいです!」「ハハハ……だから言っただろう? 僕は人間分析に長けているって。そして前田さんは彼に気があるが……何も伝えられていない……違うかな?」「うう……そ、そうなんです。幾ら話しかけても上の空と言うか……他の女子たちに対しても同じ態度で、終いに連れて来た友人達に責められたら、『だったら俺は帰る。元々来たくて来た訳じゃないんだからなっ』って言って帰ってしまったんですよ〜! 男の子たちは皆文句言ってたけど、私達はクールで格好いい! って皆でその後話題になって……合コンは失敗してしまいました」しゅんとなる美幸に京極は言った。「前田さん。君は今日僕にコーヒーを淹れてくれたから良い話をしてあげるよ。実はね、六本木に『鳴海グループ総合商社』の本社があるのは知ってるだろう?」「ええ、勿論です。だってあれ程の高層ビルですよ? 知らない人はいませんから」「そこで今夜18時からイルミネーションの点灯式とプロジェクションマッピングの上映があるんだ。とてもロマンチックな映像ショーなんだよ。どうだろう? 彼の連絡先は知ってるんだろう?」「え? あ……はい。知ってます」「そうか、なら誘ってみるといい。その際は必ず何処で行われるか言うんだよ? そして誰に聞いたのかは伏せておくこと? いいね? 待ち合わせ場所は……そうだな。確かあそこの広場には今は水が出ていないけど噴水があるんだ。そこの前で17:50頃に待ち合わせをするといい」京極がスラスラと話すのを美幸は口をぽかんと開けて見ていた。「あ、あの……社長……随分具体的例をあげてお話伺いましたが、本当にうまくいくのでしょうか……?」美幸は半信半疑で尋ねた。「ああ、勿論。保証するよ。きっと彼は来るはずだ。それじゃ、幸運を祈るよ」京極はそれだけ告げると美幸の席を立って自分のデスクへと戻って行った。そして椅子に座ると口角を上げた。(よし、仕込みは完了だ……。大丈夫、あの男なら必ずやって来るに違
「そうなんだ……副社長室で待ち合わせは無しになった。代わりに社の広場の噴水前に17:50に待ち合わせることにしたので調整を頼むよ。……ああ。それじゃよろしく」翔は電話を切るとネクタイを緩めて背広を脱いだ。(明日はイルミネーションの終わった後、店を予約してあるが朱莉さんは受けてくれるかな……)翔は溜息をつくとバスルームへ向かった――**** PCが並べられた部屋で、京極は1台のモニターの前に座りながら電話をかけていた。「……そうか。教えてくれてありがとう。え……? 行くのかって? 何言ってるんだ? 慎重に行動しろと言ったのはそっちだろう? 2人きりで行動させるのは癪だが仕方ないだろう。……落ち着け、分かってるって。何とか策を練るから……これからも奴の動向を逐一報告頼む。……ああ。それじゃ」ピッとスマホの電源を切ると京極は背もたれ椅子に寄りかかりながらPCに触れた。「どうするべきかな……。あまり俺が出てくるわけにはいかない……。彼に動いてもらうか……?」京極はスマホを手に取り、じっと眺めた——**** 翌朝—— 虎ノ門にオフィスを構える京極が出社してきた。京極の会社はIT企業と言う事もあり、出社は自由となっている。東京本社には32名の社員がいるが、実際に出社してきている社員は10名にも満たない。「皆、おはよう」カジュアルスーツで出勤して来た京極はデスクで仕事をしている社員達の間をすり抜けながら、フロアの一番奥にある自分の席に座った。すると次々と社員達が京極の所へやって来て挨拶と支持を仰いだ。その中の1人、中途採用で入社してきた21歳になったばかりの女性が、コーヒーを持って京極の席へとやって来た。「社長、おはようございます!」「ああ、お早う。君は確か……」「はい、2か月前に入社した前田美幸と申します。社長、コーヒーをどうぞ」トレーに乗せたコーヒーを京極のデスクに置くと美幸は笑顔で返事をした。「僕の為にわざわざコーヒーを淹れてくれるなんて有難う」爽やかな笑顔で京極は答える。「い、いえ! 私、まだまだ仕事で皆さんの足を引っぱってしまうばかりで……これ位当然です!」そしてパッと頭を下げる。「ハハハ……朝から元気があるのはいいことだよ。それじゃコーヒーのお礼だ。今何か行き詰っている仕事はあるのかい? もしよければ見てあげる
「朱莉さん、そう言えばクリスマスプレゼントの話だけど……欲しいものはあるかい?」実は未だに翔は朱莉からクリスマスプレゼントには何を欲しいのか確認をしていなかったのである。「クリスマスプレゼントですか? ならもう私はとっくに頂いていますよ?」「え? 何を……?」「フフ……それはレンちゃんのお世話です」朱莉は嬉しそうに笑みを浮かべる。「え……?」朱莉の意外な発言に翔は首を傾げた。「あんなに天使みたいに可愛いレンちゃんを私に預けてくれて毎日のお世話が楽しくて本当に翔さんや明日香さんには感謝しています。レンちゃんに毎日私は癒されて幸せですよ?」そう……例え、後数年で蓮と別れることになっても今の朱莉は幸せを感じていたのだ。「あ、朱莉さん……」思わず翔は胸に熱いものが込み上げて来た。元々本来蓮を自分と明日香が育てるのが当然なのだ。それなのに偽装妻である朱莉に蓮の世話を押し付けている。しかもその理由が最低だ。子供が苦手だから。手がかかるから……。こんな話、世間から言わせてみればとんでも無い話である。赤子の世話は大変だ。翔は週にたった1度、しかも数時間しか蓮の面倒を見たことは無いが、それでも育児の大変さを痛感している。数時間ごとにお腹が空いては泣く。おむが汚れても泣く。毎回ミルクを作って飲ませたり、オムツを交換するのは決して楽な作業とは言えないし、世の中には育児ノイローゼになってしまう母親だって世間には沢山いると言うのに……朱莉は自分の子供でも無い蓮の育児を喜んでやってくれているのだ。(どうして俺はもっと朱莉さんの人となりを見てこなかったのだろう。彼女の本質を知ろうとしていれば、どれだけ心根の優しい人物か分かったのに……。俺はいつも酷い態度ばかり取り続けていた。大体あの明日香だって朱莉さんに絆されていたじゃないか)しかし当の朱莉は翔の心の葛藤に気付かず、明日の予定について尋ねてきた。「それで翔さん、明日の件ですが待ち合わせ時刻は何時がよろしいですか? 私としては点灯式の10分程前でいいのではと思うのですが」「ああ、そうだね。それじゃ17:50に噴水の前と言うことでいいかな?」「はい、それでよろしくお願いします」「それじゃ、夜ご飯も頂いたことだし……そろそろお暇するよ」翔は立ち上がり、椅子に掛けてあったコートを手に取った。「そうです
「実は、明日我が社のビルの敷地内の広場で2日間だけのクリスマスイルミネーションを灯すことになっているんだ。それで明日18時から点灯式が始まるんだよ。だからもしよければ蓮を連れて見に来ないかい? これがイメージ映像になるんだけど……」翔はスマホを取り出し、会社のHPにログインし、画像を表示させると朱莉に見せた。そこには幻想的で美しいイルミネーションの映像が映し出されている。「うわあ……すごく綺麗ですね」「そうかい、そう言って貰えると嬉しいな。実はイルミネーションだけじゃないんだ。5分程のプロジェクションマッピングの映像ショーもやるんだよ。きっと楽しんで貰えるはずだよ」朱莉が目をキラキラさせてスマホ画面を眺める姿を翔は目を細めて見つめた。「行きたいです……是非、行ってみたいです」朱莉は顔を上げて翔を見た。「本当かい? それじゃ明日、待ち合わせをしよう。副社長室に17時半に来てくれるかい? 受付で名前を言ってくれればいいから」しかし朱莉の表情は曇った。「どうしたんだい? 朱莉さん?」「翔さん……それは駄目ですよ」「駄目? 何が?」「副社長室に私が行くことがです」「何故駄目なんだ? 一応朱莉さんは名目上俺の妻となってるんだし」(そう、今は名目上……だけどいずれは事実婚に……)しかし、朱莉は言った。「いいえ、翔さん。私たちの関係は契約婚です。長くても後4年もすればこの契約婚は終わりになります。なのであまり私の存在をアピールするような真似はしない方がいいと思うんです。翔さんの為にも会社のイメージの為にも。だから普通に蓮ちゃんを連れて見に行きますよ」本来翔の隣に立つのは自分ではなく明日香なのだと、朱莉は今も信じて疑っていない。「朱莉さん……」翔は朱莉の言葉を聞いて驚いた。まさか朱莉がそんなに自分自身を卑下しているとは思わなかったからだ。(いや……そんな卑屈な考えを持たせてしまったのは全部俺のせいだな。金で縛り付け、自由を与えず、時には酷い態度を取ったりと散々蔑ろにしてきたからな。でもこの様子だと朱莉さんは契約婚が満了すれば、俺達の関係を終わらせようと考えているのかもしれない……)多分、今の朱莉に契約婚を終わらせて本当の家族になろうと言っても恐らくは首を縦に振ってくれることは無いだろうと翔は思った。(それならもっと朱莉さんの俺に対する警
21時過ぎ。——ピンポーン朱莉の部屋のインターホンが鳴った。「あ、きっと翔先輩かも」土鍋のおでんを温めなおしていた朱莉は玄関へ向かい、ドアアイで確認をしてみるとやはりそこにいたのは翔であった。「こんばんは、翔さん」朱莉はドアを開けた。「こんばんは。朱莉さん。悪かったね、平日のこんな時間に来てしまって」「いいえ、そんなことはありませんよ。どうぞ上がって下さい」「……おじゃまします」少し間をあけて翔は言うと、靴を脱いで部屋の中へ入りながら思った。(あ……あぶないところだった。危うく『ただいま』と言ってしまいそうになった。俺と朱莉さんは本当の家族ではないのに。これも昨夜見た夢のせいかもしれないな……)実は昨夜翔は夢の中で、朱莉と本当の家族になっている夢を見たのだ。夢の中では蓮は小学生になっており、2人の間には蓮の妹が生まれて仲良く4人で暮らしているという夢を――「どうしましたか? 翔さん?」「あ……い、いや。何でもないんだ。どれ、少し蓮の様子を見てこようかな?」朱莉の声で一気に現実世界へ引き戻された翔は自身の焦りをごまかすためにリビングへ向かい……驚いた。その部屋はクリスマスの飾りつけで溢れていた。大きなツリーが飾られ、部屋中のインテリはまさにクリスマス一色に染まっている。さらにバルコニーにはクリスマスイルミネーションが美しく光り輝いていた。「朱莉さん……。こ、これ……全て一人で飾りつけしたのかい?」翔は驚いて朱莉を見た。「はい。去年はこんなことしなかったのですが今年はレンちゃんがいるので、つい張り切り過ぎて……」朱莉が頬を真っ赤に染めて俯く姿を見て翔は思った。(へえ。見かけによらずこういうイベントが本当は好きなタイプだったのか。だとしたら昨年は本当に申し訳ないことをしてしまったな)この時ほど、翔は昨年自分が朱莉に取ってしまった酷い対応を恥じたことは無かった。だから今年こそ……。翔はぐっとこぶしを握り締めた。「あ、朱莉さん……実は……」翔が言いかけた時、朱莉が口を開いた。「翔さん。おでんが温まったので食べませんか?」「あ、ああ。そうだね。それじゃ頂こうかな?」(そうだ。食事のときに話をすればいいんだ)翔が食卓につくと、朱莉は早速おでんをよそって、翔の前に置いた。さらにお吸い物に、マカロニサラダを並べると、朱莉も翔